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「皆、僕たちを探してるね」
くすくすと笑みをこぼしながら、ドアの外の騒動に耳を澄ます。
「・・・抜け出したんだから、当たり前」
肩を寄せ合って隠れていた、僕とそっくりの顔がぶっきらぼうに言った。
今日は定期的に受けている健康診断の日で、僕たちは一緒に研究所に連れてこられていた。健康診断といっても、病院で受けるのとはちょっと違う。もちろん、身長、体重も測るけど、それ以外のことをたくさんやる。
一通り終わって、お茶を飲みましょうって時に、まどかの眼を盗んで抜け出した。今は、手に手を取って逃亡中、ではなく絶賛隠れんぼの最中。
僕たちは仲良く足を折りたたんで、大きなデスクの下に隠れてる。そんな所、あっさりと見つかりそうだと思うでしょ? でも隠れんぼにはコツがあるんだ。それは一度探された所に隠れるってこと。しばらく違うところに隠れてて、探し終わったところに隙を見て入り込む。隙を見るってのは、結構技がいるんだけどね。
でもずっと同じ場所にいたら、やっぱり見つかる可能性は高い。見つかりたくない時は、いろんな場所を移動するんだけど、今日はここだけって決めてる。他の人には見つかりたくないけど、見つけて欲しい人はいる。ここに居れば多分、すぐに見つけてくれるはずなんだけどな。お茶を飲もうって言った時、もうすぐ帰ってくるって聞いたんだけどな。まだかなぁ?
身体を寄せ合ってじっとしていると、だんだん目蓋が重くなってくる。昨夜は今日が待ちきれなくて、なかなか寝付けなかった。隣にいる僕の片割れもそう。段々と俯いてきたと思ったら、こっくりと細い首が折れて、僕の肩に落ちてくる。柔らかい髪が僕の鼻をくすぐった。むずむずする。
「ふはっ、むぐぐ・・・」
間一髪。くしゃみをしかけた僕の口を、隣から伸びた手が押さえた。いつの間に眼を覚ましたのか、無言で睨みつけてくる。
「・・・ご、ごめん」
『ばか』
小さくなって謝ると、器用に口だけ動かして伝えてくる。そして膝を抱えて、また眼を閉じた。
「・・・」
僕がお兄ちゃんなのにな。僕は小さく、小さく足の間にため息をついた。兄の権威をないがしろにされた僕は、落ち込みながらいつの間にか眠っていたようだ。
コツ
すぐ近くから音がした。視線の先に、見慣れた黒いズボンと革の靴があった。慌てて飛び起きようとしたら、大きな手で頭を押さえられる。危うく頭をてっぺんにある天板にぶつける所だった。あぶない、あぶない。
「麻衣、ここにいる」
そろそろとデスクの下から這い出す間に、パパがママを呼んだ。
「そんな所にいたの? ジュールズってば」
ぱたぱたと軽い足音がしたかと思うと、ふわりと栗色の髪を揺らして大好きなママが顔を覗かせる。
ジュールズっていうのは、僕たち双子の愛称だ。赤ん坊の時、誰かが僕たちのことを宝石(Jewel)みたいだって言ったんだって。それから2人のことをJewels、それがなまってジュールズって呼ぶようになった。
「ママっ!」
飛び跳ねるように両腕を伸ばした僕を、ママが抱き上げてくれる。1週間ぶりの温もりだ。ママは用事があって、日本に行っていたんだ。急のことだったから、パパと僕たち双子はお留守番。こんなに長くママと離れていたのは初めてで、1週間がすごく長かった。
「お帰り! ママ」
「ただいまぁ。優也に優麻、元気にしてた? ジュールズに会えなくて、寂しかったよー」
パパに抱き上げられた優麻と僕を交互に見て、ママが微笑む。
僕たち双子はママにそっくりだと言われる。でもパパにも似てる。僕たちの中に、パパとママが仲良く同居してる。でも色彩だけは別。僕はママの栗色の髪と鳶色の瞳、優麻はパパの漆黒の髪と瞳をもらってる。
そっくりだけど、色違いのくりくりの瞳が僕は大好きだ。と、その漆黒の瞳と目が合って、ふいっとそらされた。ぎゅっとパパの首に腕をまわして顔をうずめてる。拗ねてるんだ。
あぁ、いけない。失敗した。
「ママ」
ブラウスを引っ張って合図して、下ろしてもらう。そしてパパに腕を伸ばす。
「交代」
僕と同じ形をした、色違いの瞳が見下ろしてくる。きゅうって勇気を出すように、パパの黒い上着を握った。パパからママへ手渡しされるとき、上着はそっと放される。そしてコアラみたいにママにしがみつく。優麻が珍しく甘えた声を出した。
「マぁマ・・・」
「ただいま、優麻。あたしの大切なお姫さま」
「・・・お帰りなさい」
ママの首筋に顔をうずめて、優麻が小さく呟く。ただぎゅうってしがみ付くことで、言葉でなく感情を伝える。大好き、大好きって言ってる。
優麻は意地っ張り。そして甘え下手。僕が先にママに甘えてしまったから、タイミングを逃して拗ねてしまったんだ。甘えるってことが、僕には簡単なことなのに、優麻には難しいことなんだ。そういう人もいるんだって、不思議に思っていた僕に、パパがいつだったか教えてくれた。
だから僕は、優麻が甘えられるようにきっかけを作るようにしてる。だって、僕がお兄ちゃんなんだもん。口下手な妹は、家族以外の人がいると中々素直に甘えられないから、今日も隠れんぼして他の人を振り切った。
時々、さっきみたいに失敗するけど、これは考えるより先に行動しちゃう僕が良くやる失敗。優麻は逆。じっと考えて、考えて、行動を起す。だから失敗もしない。僕たち双子はいつも一緒にいるから、それでちょうど良いんだ。
「偉かったな」
ぽそっと、パパが僕の耳元で褒めてくれた。僕だってもうちょっとママに甘えていたかった。それを我慢したって、パパにはお見通しなんだ。でもそれは男同士の秘密。穏やかに見下ろしてくる瞳に、にっこりと僕は笑った。
「さぁ、お茶にしよう? 美味しいケーキ、買ってきたんだよ」
ママがそう言って、出口に向かう。ちなみにここはパパが研究所からもらっている、パパ専用の研究室だ。
「・・・その前に、まどかの説教だな」
研究室の入り口を見たパパが、ぼそりと呟いた。その声に振り返ると、まどかが仁王立ちして立っていた。
「あ」
「ジュールズ! そこへ直れ!」
まどかの声が部屋に響いた。
<おまけ>
あの後、僕たちはまどかのお説教をこんこんと受けた。だいたい、いつもお説教は10分ほどで終わる。これは、何度も懲りずに彼女の目を盗んで脱走する僕たちとまどかとの、仲直りの儀式なんだ。そんな暗黙の了解をパパもママも知ってる。
だからパパとママは、彼らの大切な(はずの)ジュールズをぽんって怒ったまどかの前に置いていってしまう。決して助けてくれない。・・・そりゃ、悪いことをしたのは、僕たちだけどさ。でも、まどかのお説教って、怖いんだ。説教に手心を加えないのは、まどかのまどかたるゆえんだな、ってパパは言う。
でもどんなにお説教の最中のまどかが怖くても、終わればにっこりにこにこ笑ってくれる。本当に怒ってたの?って思うんだけど、ちゃんと怒ってるんだよーこれが。・・・内緒だけど、たまーに額に青筋浮いてるんだよ~怖いでしょ~
何も告げず雲隠れして、心配かけたってことはわかるから、僕と優麻は心からの「ごめんなさい」をする。最後は謝罪の印に互いの頬にキスをして、仲直りは終わり。
その後は仲良しのお茶会。お説教が終わる時間を見計らって、ママがタイミング良くお茶の準備をしていてくれる。
主に、ママとまどかと僕がにぎやかに喋るお茶会は、寡黙なリンを巻き込んで、繰り広げられる。
ちなみに、優麻は何気にリンがお気に入りだ。何を話さなくてもリンは、優麻の気持ちを汲み取ってくれるから。あんなに背高のっぽさんなのに、小さな心の動きに敏感なんだ。
それには、僕はちょっと、・・・ちょっとばかりでないかもしれないけど、シットしてる。妹のことは、双子の僕が一番の理解者でいたいんだ。それはシスコンっていうものかな? それとも、依存しすぎてるって?
誰に何を言われてもいいよ。僕の手を握る、小さな手のぬくもりが、僕には万の力をくれるんだ。
「・・・優也、ありがと」
こっそりの囁きが、僕に億の喜びをくれるんだ。
だから、何度まどかのお説教を受けようと、脱走は止めない。優麻の心がくつろげるなら、どんな難しいことだってへっちゃらさ。
だって、僕は優麻のお兄ちゃんなんだから。
胸の中で決意を改めた僕は、お茶とケーキに腹をくちくして、そして柔らかい掌のぬくもりに安心して、ゆったりとした微睡みの中に落ちていく。
「あれ、ジュールズったら、眠っちゃった」
そっと、指が細い髪を梳いていく。
「昨夜、中々寝付けなかったみたいだからな」
ふわりと、大きな上着をかけられた。
「今日は、午前中から検査続きでしたしね」
疲れたのでしょう、と双子を気遣う声が聞こえる。
「その上、鬼ごっこしたものねー」
くすくすと、泡のような笑みがはじける。
「Dear Jewels. お休みなさい、良い夢を」
真綿に包まれたようなぬくもりの中で、僕らはたくさんの愛情に包まれて眠った。
菜花さま、心がほっこりするお話をありがとうございました。
いや、言ってみるモンです(笑)
ジュエルも色々な形でありますよ、です。
私の怠慢でお披露目が遅くなってしまいましたが、ちょっとづつのお楽しみということで、お許しくださいませ。
本当にありがとうございました。